大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和60年(行ウ)3号 判決 1985年9月13日

原告

斉藤政吉

被告

川越労働基準監督署長

設楽晃司

右指定代理人

南昇

外四名

主文

原告の訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「1 埼玉労働者災害補償保険審査官川崎真平が原告にかかる審査請求事件につき、昭和五八年三月二五日付でした決定および労働保険審査会が原告にかかる昭和五八年労第八〇号事件について昭和五九年一二月五日付でした裁決はこれを取消す。

2 原告は被告に対し、昭和五六年一二月三一日より昭和五七年一〇年二〇日まで二九四日間の休業補償給付支給の実施をせよ。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五五年三月七日より昭和五七年三月一八日まで休業補償給付請求書を提出し、その給付を受けていたところ、被告は原告を指導し、被告に対し同月二五日付で労働者災害補償保険障害補償給付等請求書を提出させた。

2  そして、被告は、昭和五七年六月三〇日原告に対し身体障害等級一二級の一二であると認定し、原告に対し、右等級にもとづく障害補償を支給する旨の処分をした。

3  これに対し、原告が昭和五七年七月一八日付で労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたところ、昭和五八年三月二五日付で埼玉労働者災害補償保険審査官川崎真平は、右請求を棄却する決定をした。

4  原告は右決定を不服として昭和五八年四月一九日付で労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会は昭和五九年一二月五日付で右審査請求を棄却する裁決をした。

よつて、原告は、被告に対し、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告は、労働保険審査会の裁決および埼玉労働者災害補償保険審査官川崎真平の決定の取消を求めているが、裁決取消の訴えは、裁決をした行政庁を被告として提起しなければならないところ、本件訴えにおける被告は裁決をした行政庁ではないので、被告適格はなく、右訴えは不適法として却下されるべきである。

2  また、原告は、被告に対し、二九四日間の休業補償給付を実施することを求めているが、かかる請求は裁判所が行政庁たる被告に対し行政処分を命ずることを求めることにほかならないが、行政事件訴訟において裁判所は、三権分立の建前から法令上特別の定めのある場合のほかは行政庁に処分を命じ、あるいは裁判所が自ら権限のある行政庁に代わつて、行政庁がなしたのと同様の効果を生ずる判決をすることはできない。ところで、原告の請求する休業補償をなすべきことを命ずる機能を裁判所に容認した法令はなく、裁判所は右権能を有するものではないから、原告の訴えはこの点においても不適法として却下されるべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一原告の本件訴えのうち、埼玉労働者災害補償保険審査官川崎真平のなした審査請求事件についての決定および労働保険審査会のなした裁決の各取消しを求める部分は、行政事件訴訟法にいう裁決の取消しを求める訴え(行政事件訴訟法三条三項参照)にあたることは明らかであるが、行政事件訴訟法一一条一項によれば、同法にいう裁決の取消しの訴えは、裁決をした行政庁を被告として提起すべきものとされているところ、本件訴えにおいて原告は原処分庁である川越労働基準監督署長を被告としているから本件訴え中前記決定および裁決の取消しを求める部分は被告適格を欠くものとして不適法というべきである。(なお、行政事件訴訟法一五条一項は、取消訴訟において、原告が被告を誤った場合の救済方法につき規定しているが、同法一〇条二項によれば処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては処分の違法を理由として取消しを求めることができないとされているところ、本件訴えにおいて原告は、単に原処分の違法を主張するのみで、裁決固有の違法を主張するものではないから、本件訴えが原告本人自身によつて提起され、訴訟追行がなされているいわゆる本人訴訟であることを斟酌しても、裁判所が原告に対して被告の変更の申立てを促すことが相当の事案とも認めがたい。)

二つぎに原告の本件訴え中被告に対し休業補償給付の支給実施をせよとの判決を求める部分について検討する。

右の部分は結局休業補償給付に関する被告の決定を求めるものと解されるが、休業補償給付のような保険給付に関する決定は労働者災害補償保険法三五条、三七条等の規定からみて行政処分であると解すべきである。

そうすると、原告の本件訴え中被告に対し休業補償給付の実施をせよとの判決を求める部分は、行政庁たる被告に対し裁判所が特定の行政処分をなすべきことを命ずるいわゆる無名抗告訴訟としての義務づけ訴訟にあたるというほかないが、わが国の現行法制の下では行政権行使に関する司法審査は行政権の第一次的判断である行政処分の事後審査を原則とすべきことは多言を要しないから、例外的に義務づけ訴訟を許容しなければならないような特段の事情が認められない限り、義務づけ訴訟は不適法というほかないところ、本件の場合何らかの特段の事情も認められないから、本件訴え中休業補償給付の実施をせよとの判決を求める部分も不適法である。

三以上のとおり、原告の本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小笠原昭夫 裁判官野崎惟子 裁判官樋口裕晃)

決   定

右当事者間の昭和六〇年(行ウ)第三号裁決取消等請求事件について判決に明白な誤謬があったので職権により、次のとおり更正する。

主文

本件について当裁判所が昭和六〇年九月一三日言渡した判決の事実中、第一、一、2に「原告は被告に対し」とあるを「被告は原告に対し」と更正する。

昭和六〇年一〇月七日

(裁判長裁判官小笠原昭夫 裁判官野崎惟子 裁判官樋口裕晃)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例